歯の大きさと顎の大きさの不調和(ディスクレパンシー)が、歯並びが悪くなる大きな要因です。
例えるなら、4人掛けの椅子に5人が座ろうとする状態が、顎骨と歯の間で起こっているのが歯列不正です。
椅子にきちんと座るためには、椅子を5人掛けに替えるか(歯列を広げて拡大する)、1人のひとに椅子に座ることを辞退してもらう(歯を抜いて間引きをする、或いは歯をわずかに削って細くする(ディスキング))ことが解決策となります。
前者が抜歯矯正、後者が非抜歯矯正ということになります。
抜歯矯正では、歯が確実に並ぶようになりますが、口腔内が狭くなる、口元が引っ込みすぎてボリュームが無くなる等の弊害が生じる可能性があります。
一方、非抜歯矯正では、顎の骨を超えて歯列は広がらないため、無理な非抜歯矯正は歯肉の退縮や知覚過敏が起こったり、前歯が前方に出て出っ歯になる可能性があります。
抜歯か非抜歯の境界線、グレーゾーンにあるような症例では、まず非抜歯で行うことが得策です。抜歯をすることは後からでも出来ますが、抜歯したものを後から戻すことは出来ないからです。
したがって、矯正治療は診断と治療計画が非常に重要になります。
近年では、矯正治療にインプラントを応用することが増えてきました。
理由は
●治療期間の短縮
●難しい歯の移動を容易にする
●非抜歯矯正への応用
等です。
ケースにもよりますが、インプラントを応用することで、以前では抜歯ケースであったものが、非抜歯での治療も可能になっています。
実際の治療例を提示します。
治療前。左側上顎犬歯の低位頬側転位(八重歯)と右側上下第一小臼歯の反対咬合を認める。上下の臼歯部咬合関係は2級咬合で、上顎が下顎に対して相対的に前方に位置している。側貌はほぼ理想的であるため、抜歯を行うと前歯が内側に入りすぎ、非抜歯では出っ歯になり、ともに側貌の美しさが損なわれる可能性が高いと判断。口蓋に矯正用インプラントを応用し、上顎歯列全体を遠心移動(後方への移動)することで非抜歯治療を行うこととした。
上顎にブラケットを装着しレベリングを行う。左側上顎犬歯部はスペースが全く無いため、オープンコイルを装着してスペースを確保しつつ、正中の補正を行う。
治療3か月後。上顎のレベリングが進み、左側犬歯もかなり中に入ってきている。下顎にもブラケットを装着しレベリングを行う。上下の前歯に隙間があり、噛み合わなくなってきているのが分かる。
治療5か月後。上下のレベリングがかなり進んでいるのが分かる。上下の正中のずれも改善傾向にある。上顎歯列を後方へ入れるため、口蓋に矯正用インプラントを設置していく。
治療7か月後。上下の正中はほぼ一致しているのが分かる。口蓋に矯正用インプラントを設置し、上顎歯列全体を後方に移動していることで、上下前歯部の隙間が少なくなり、噛み合わせが改善しているのが分かる。インプラントによって、短期間でよりダイナミックな歯の移動が起こっている。
治療18か月後、ブラケット・オフ。歯列の歪みはなくなり正中が一致し、左右対称の美しい歯列になった。上下の前歯部の隙間はなくなり、緊密に咬合していることが分かる。矯正用インプラントを応用したことで、美しい側貌を維持したまま、非抜歯で治療を行うことが出来た。適材適所でインプラントを応用することは、治療の選択肢の幅を広げることに寄与する。
矯正治療において、抜歯か非抜歯かの診断は非常に重要ですし、患者さんにとっても大きな選択になることでしょう。
歯科医療は、すべてが個々の患者さんに固有の診断、治療計画が必要であり、それによって治療結果が大きく変わります。
治療の技術が重要であることは当然ですが、じつはそれ以上に診断・治療計画は重要なものです。
家を建てることに例えるなら、大工が一流でも、設計が杜撰であれば、良い家は建ちません。
航海に出かけるのに、航路を決めずコンパスを持たずに船を出すことは決してしません。
治療を受けるに際しては、担当の先生と治療計画について十分に相談し納得できることが、治療を成功させるためには重要なのです。